外務省招聘プログラム参加の于吉争・「青島早報」記者による訪日印象記の掲載
今般、「青島早報」の于吉争記者が、12月1日から10日まで、外務省の招聘プログラムに参加し、12月16日から5日連続で「青島早報」に訪日に基づく記事が掲載されましたので、ここにご紹介いたします。
○12月16日付「東京の街の不思議」
(1)12月1日から10日まで、北京、重慶、香港、青島など7都市の最も影響力のあるメディアが、日本外務省の招待で訪日した。私は、「青島早報」を代表して幸運にもそのメンバーの一員となった。日本に到着した次の日の朝8時半、私は、新宿の街に立った。新宿の街は、時々、バスや人が通る程度で静かだった。これが、1千万人以上の人口を有する国際都市か?青島や中国のどの都市でも、この時間帯は、出勤のピークで、道は車や人で溢れている。しかし、取材を進めるにつれて、「東京の交通の謎」が解けてきた。
まず、日本人は、車でなく、地下鉄で出勤するのだ。東京の地下鉄のシステムは、世界で最も発展し、東京のあらゆるところを通っている。また、その運輸能力に驚かされる。地下鉄新宿駅の1日の乗降客は78万人である。この数の意味は、例えば、今年の中国の旧正月のピーク時、北京駅の1日平均乗降客は40万人、広州駅は8万人、青島駅は3万人である。また、自殺等突発的な事故がない限り、地下鉄の年間の平均の遅れは0.3分で、これほど便利な公共交通機関があれば、人々は車を運転して出勤する必要がないのである。次に、彼らは運転したくないと考えている。その理由は、東京は、建物が密集し、道が狭いからである。このような状況で、もし皆が車を運転してしまうと、大変なことになる。更に、東京の駐車場代は非常に高く、昼間1時間600円(約47元)もする。
(2)東京の街は、車だけでなく、ゴミ箱も少ない。ゴミ箱が少ないのは、ゴミが少ないからである。1千万人を超える都市で、誰も紙くず一つ捨てないのである。東京を数日取材した後、川崎、神戸、徳島など地方都市へ行ったが、どの都市も清潔である。日本の雨水は豊富で、東京は、多くの雨水収集設備を有し、雨水を洗車や花の水やり等に利用している。日本人はあらゆる生活ゴミや産業ゴミを回収、再利用し、ゴミゼロを実現している。また、日本は商業が盛んだが、店の前に客呼びのスピーカー等置く店はなく、騒音で住民に迷惑をかけることを禁止している。都市は清潔で秩序があり、国民は文明的で礼儀正しく、管理は細かく精密で、これらの要素が一つになると、国家のソフトパワーになる。朱建栄氏は、「日本は、人口が密集し、狭い地域に現代化都市を建設して100年以上の歴史があり、豊富な経験と教訓を有するが、中国は本当の現代化建設がはじまってまだ30年である。中国は、この面において謙虚に日本に学ぶことで、大国のスタイルを打ち出すことができる」と述べた。
○12月17日付「尊敬に値する日本企業」
(1)私は、訪日取材で、以下の日本企業2社の行いに対して強い関心を持った。まず、大塚国際美術館についてである。同美術館は、日本最大の室内展覧館で、地下5階、地上3階、延べ床面積3万平方メートル近くある。同美術館には、世界25カ国190余りの美術館が所蔵する美術品1000点余りの名画の複製品が展示されている。美術品の複製の選定は、6名の日本の著名な美術史家が行い、この複製は、オリジナル作品と全く同じで、他に類を見ないレベルである。参観者は、実際に手で油絵の凹凸を実感することができ、また、特殊技術のため、2000年以上にわたり、変色変形を防ぐことができる。更に、同美術館は、政府の予算は1円も使われておらず、大塚製薬が、創立75周年を記念して建設したものである。1998年の開館前の10年間、400億円を投資し、10年間で、世界各地の美術館、博物館との間で版権の使用等に関し同意を取り付けるなど、400億円の何倍もの苦労をしている。なぜ、このように利益を追求しない美術館を建てたのか?これは、大塚製薬創始者の大塚正士に聞かなければわからないが、すでに彼は亡くなっている。彼の意図が何であるにせよ、近年、汚染、地震、火災等の理由で、世界文化遺産であるこれらオリジナル作品の劣化は避けられない。しかし、同美術館は、これを保存し、記録している。ピカソの子供やミロの孫らは、同美術館の開館時にわざわざ足を運び、涙を流して感動したという。では、大塚正士は、裕福だったのか?彼は確かに裕福だったが、美術館の向かいに普通の小さな1件の家を持ち、内装も簡素で、一生その家で過ごした。
(2)もう一つの企業は、徳島県の田舎に本社を置く、日亜化学工業で、世界各地に海外拠点を持つ。同社は、LED等光学材料を生産しており、その生産量は、世界の生産量の3分の1を占める。同社は、光学材料の生産過程で汚染物質が発生するが、このような田舎で周辺に住民もほとんどいないのに、誰が汚染を気にするのか?それは、日亜化学工業自身である。同社は、自社工場と周辺の住宅の間に公園を作り、創立以来50年以上管理してきた。また、生産過程で排水、排気、固体廃棄物等が発生しないようにするとともに、同社の従業員や退職した職員らが緑化活動を行っている。中国の企業家も次第に社会責任に対する意識が強まり、公益活動や環境保護事業も重視するようになったが、日本の企業と比較すると、中国の企業家は、考えや視野を更に広げ、社会的責任を更に果たすことができるだろう。
○12月18日付「三宅と小胖」
(1)三宅は、背も高くなく、痩せて、典型的な日本人で、翻訳会社で働いている。我々は、少し車での移動に飽きた時、通訳を通して、三宅に話しかけた。三宅は、仕事に非常にまじめであるが、雑談により、三宅と我々の距離は近くなった。次に、「小胖」である。彼の本名は、河野である。彼は、ふっくらしていて、中国のネットの「The Little Fatty」に似ていたので、我々は「小胖」とあだ名をつけた。「小胖」は、旅行会社で働いていて、我々の荷物を運んでくれた。彼の性格は明るく、お酒を飲むとすぐに顔が赤くなる。後から知ったことだが、「小胖」は、徳島県美馬市の副市長の息子であった。しかし、彼は他の人と同じように一生懸命仕事し、生活し、父親の力を全く利用していなかった。
(2)三宅と「小胖」は、我々が、接した日本の青年で、サラリーマンである。彼らは、スーツを着て、一生懸命仕事し、残業する。彼らの給料は、10年以上増えることなく、マイホームも購入できず、東京郊外に家を借り、高い家賃を払っている。彼らは、仕事が終わった後、ビールや日本酒を飲むのが好きである。また、ゲームセンターで息抜きをするのも好きである。日本人の中国人に対する心理について、朱建栄氏は、10年から20年前、日本人は中国人に対して傲慢であったが、日本のバブル崩壊後、中国経済が急速に成長し、日本人の自信は崩れた。現在、8割以上の日本人は中国を軽視せず、更には、中国に対して恐怖心を持っていると分析する。何が怖いのか?一つは、「中国が強大になり、日本に報復する」(ママ)のではないか。2つめは、日本人の自尊心や優越感が崩れ、未来や希望が見えなくなったこと。3つめは、ハイテクだけの発展でやっていけるか否かという将来に対する不安がある。
○12月19日付「日本の高齢化」
(1)12月7日午前、我々は、徳島県を訪れ、「高齢化、少子化問題」を取材した。里見・徳島県副知事をはじめとする県担当者らが、高齢化、少子化問題に関する取り組みを詳細に説明してくれた。昼、我々は、徳島新聞社を訪問した。そして、徳島テレビの12時のニュースが始まった。トップニュースは、里見副知事が中国メディアの取材を受けたというもので、我々は、非常に興奮し、テレビの画面を写真にとった。高齢化、少子化問題は、日本が直面してる大きな問題である。日本の高齢化の到来は早く、1970年、65歳以上の人口は、全人口の7.4%、1994年に14.1%で、2055年には40.5%に達すると予想されている。日本人の定年は通常65歳、一部地域では60歳で、男女ともに同じである。また、日本は長寿の国であり、人口79万人の徳島県で、100歳以上の高齢者は333人いる。高齢者の多くは、身体が丈夫で、退職後も働き、生活費の足しにしている。また、日本は、高齢者を大切にする社会であり、退職金の他、介護保険等もある。また、100歳以上の高齢者の誕生日には、地方政府の担当者がお祝いに訪れる。
(2)日本の子供が少ない理由は、経済問題と社会のプレッシャーと関係がある。収入が安定していない、仕事と家庭の両立が難しい、子供を育てるにはお金がかかる等の理由により、若者の晩婚化や結婚しない若者が増えている。日本に住む外国人までこうした影響を受けている。もうすぐ40歳になるポーランド人も日本の漫画に魅了され、訪日し、東京で働いているが、記者が、「どうして日本人と結婚しないのか」と聞くと、彼は、「高すぎる、高すぎる」と答えた。
(3)日本の子供達は、お金がかかるが、甘やかされて育てられているわけではない。5日夜、我々は、神戸で開催された祭りに参加したが、子供達は、親に背負われたり、ベビーカーに乗せられることもなく、皆、親と一緒に歩いていた。また、10日、東京の気温は、2、3度まで下がり、墨田区の公園でも子供達が、半ズボンで遊んでいるのを見た。日本の子供は寒さに強いのか?しかし、親達は暖かい服を着ている。日本では、小さい時から、独立心、自主性、自分で克服する力を育てる教育がされているのだ。
○12月20日付「活躍する中国人」
(1)日本で働き、生活する外国人の中で中国人が最も多い。例えば、富士通は、約260名の外国人を雇用し、その内、150名が中国人である。日本企業が、中国人を雇用する理由は、第1に、中国人が勤勉で賢いからである。第2に、日本企業が、巨大な中国市場に期待し、中国での業務を拡大する基礎を作るためである。経済の低迷と金融危機の影響で、日本人は仕事を探すのは困難だが、多くの企業は中国人の雇用の比率を減らしていない。中国人が日本社会にとけ込むことは難しいのか?我々は、日本で成功している数名の中国人に取材を行った。
(2)まず、莫邦富氏で、彼は「朝日新聞」に8年連続(毎週1回)、日中関係についてのコラムを掲載している。「なぜ、中国人にコラムの連載を依頼しているのか」、その理由は、日本人は中国に対して強い関心を持っており、日本人は、中国を理解したい、中国人がどのように考えているのかを知りたいと考えているからである。次に、藩幽燕氏は、重慶から来た歌手である。彼女は、テレサテンの歌を歌い、有名になった。彼女は、「来日してすぐは、生活や事業がうまくいかず、将来に迷っていた。その時、日本人に大変親切にされ、困難を乗り越えた。その時、日本人の中国人に対する暖かい気持ちを感じたという。彼女は、有名になってから、日本の公益活動に積極的に取り組むようになり、昨年の四川大地震後、チャリティー活動に参加した。彼女のこれら努力により、「日中親善平和大使」となった。彼女は、「日本で最も嬉しいことは、中国が豊かになったとのニュースを聞いたときで、逆に、中国国内で良くないことが起きた時や日中関係が悪くなったとのニュースを聞くとつらく感じる」と述べた。

