竹内製作所青島工場の創立20周年記念式典の開催
令和7年11月5日
10月31日、青島市西海岸新区において、竹内製作所の現地工場 (中文:竹内工程機械(青島) 有限公司) の創立 20周年記念式典が開催され、当館の斎藤総領事も出席しました。
1963年に長野県に誕生した竹内製作所は、日本有数の小型建設機械のメーカーです。それまで業界では大型建機が主流でしたが、同社はツルハシで道路工事をしていた労働者の声をヒントに、1971年に世界で初めて道路舗装用のミニショベルを開発しました。創業者の竹内明雄氏(90歳を超えた今も現役で同社の会長と青島工場の董事長を兼任)は当初から海外志向が強かったこともあり、今でも日本国内の販売シェアは1%もなく、欧米市場でその名が広く知られています。そのきっかけとなったのは、1989年の「ベルリンの壁」崩壊時に同社製ミニショベルが世界中のテレビに映ったことだったそうです。
式典には日本から竹内敏也社長が来訪されたほか、現地政府を代表して青島西海岸新区経済技術開発区管理委員会の楊文常務副主任が出席し、青島工場の新たな門出を共に祝いました。斎藤総領事は挨拶で、中国の経済成長の苦楽をともに味わいつつ発展を遂げてきた竹内製作所の活躍ぶりは、日本のビジネス界に対中ビジネスや山東省の役割などを見直すきっかけにもなるとして、今後の更なる事業発展に期待を寄せました。
近年も青島工場が安定して業績向上を続ける背景としては、2019年にそれまでの国内市場向け油圧ショベル (完成車)の製造販売から、ショベル製缶品(部品)製造・日本輸出へと大きく方針変更したことが挙げられるそうです。時代の推移を見極め、果敢に新事業スタイルに切り替える決断をした成果と言えるでしょう。一地方企業である竹内製作所が国際ビジネスで成功するに至ったプロセスは、それを支えてきた当地の投資環境の優位性とともに、多くの日本企業にとって参考になると思います。
1963年に長野県に誕生した竹内製作所は、日本有数の小型建設機械のメーカーです。それまで業界では大型建機が主流でしたが、同社はツルハシで道路工事をしていた労働者の声をヒントに、1971年に世界で初めて道路舗装用のミニショベルを開発しました。創業者の竹内明雄氏(90歳を超えた今も現役で同社の会長と青島工場の董事長を兼任)は当初から海外志向が強かったこともあり、今でも日本国内の販売シェアは1%もなく、欧米市場でその名が広く知られています。そのきっかけとなったのは、1989年の「ベルリンの壁」崩壊時に同社製ミニショベルが世界中のテレビに映ったことだったそうです。
式典には日本から竹内敏也社長が来訪されたほか、現地政府を代表して青島西海岸新区経済技術開発区管理委員会の楊文常務副主任が出席し、青島工場の新たな門出を共に祝いました。斎藤総領事は挨拶で、中国の経済成長の苦楽をともに味わいつつ発展を遂げてきた竹内製作所の活躍ぶりは、日本のビジネス界に対中ビジネスや山東省の役割などを見直すきっかけにもなるとして、今後の更なる事業発展に期待を寄せました。
近年も青島工場が安定して業績向上を続ける背景としては、2019年にそれまでの国内市場向け油圧ショベル (完成車)の製造販売から、ショベル製缶品(部品)製造・日本輸出へと大きく方針変更したことが挙げられるそうです。時代の推移を見極め、果敢に新事業スタイルに切り替える決断をした成果と言えるでしょう。一地方企業である竹内製作所が国際ビジネスで成功するに至ったプロセスは、それを支えてきた当地の投資環境の優位性とともに、多くの日本企業にとって参考になると思います。
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