山東省栄誉省民田中富治郎氏の日中交流への貢献
令和8年6月10日
以前、斎藤総領事が済南市の千佛山を訪問した際の投稿で、千佛山東麓に鎮座する金色弥勒大仏は日本の名古屋市所在の妙香園の当時の社長、田中富治郎氏(1934年~2015年)が寄贈したものと紹介しました。今回は、富治郎氏のお孫さんである牧真生・妙香園常務取締役に、妙香園と中国の縁、妙香園が取り組んできた日中友好交流についてお話を伺いました。
●妙香園について
株式会社妙香園は、大正5年(1916年)創業の日本茶専門店で、名古屋市を中心に直営店を5店舗展開しています。現代表取締役の田中良知は4代目であり、先代富治郎の孫にあたります。
江戸時代、六十二万石の城下町・名古屋では、七代尾張藩主・徳川宗春のもとで「茶の湯」が広められ、その後大流行し、日常の団らんの場でも抹茶が盛んに飲まれるようになりました。そんな茶どころで創業した妙香園が家訓のように守ってきたのは、「良いお茶は心を潤す」の意が込められた「茗茶潤心」(めいちゃじゅんしん)の四文字です。妙香園の看板商品は「ほうじ茶」で、店頭でほうじ機を使用し、炒りたてのほうじ茶を販売しています。当店の茶匠が複数種の茶葉をブレンドし、香味深く豊かな味わい、焙じる際の絶妙な火加減により、さっぱりとした口当たりに仕上がっています。近年、ほうじ茶・抹茶を使用したドリンク・スイーツを楽しんでいただけるお店も展開し、日本茶の新しい楽しみ方をお客様にお届けしています。
●妙香園、田中富治郎氏と中国の縁
富治郎は、2015年までの約80年間、妙香園の社長を務めました。田中富治郎の人生及び妙香園の発展に大きな影響力を与えた恩師の出身地が山東省菏澤市単県であったこともあり、中国に何か恩返しが出来ないかと考えていた折、1989年に浙江省杭州市での合弁会社設立の話が持ち上がり、それをきっかけに中国とのご縁が始まりました。
●中国での事業及び日中友好交流事業
1989年に杭州で合弁会社を設立したのを皮切りに、上海市・蘇州市・西安市に9つの独資会社・合弁会社を設立しました。その中の1社蘇州妙林鋼縄有限公司は今でも妙香園と資本関係を有しており、車の部品を製造し、経営は順調に行われています。
妙香園はこのように中国においてビジネスを行う一方、中国で得た利益を中国に還元するという考えの下、日中友好を発展させるためにも貢献してきました。1996年には蘇州市上方山国家森林公園に中日和平園と弥勒仏像を建立し、大規模な花火大会も開催し、その功績を称えて、1999年 蘇州市栄誉市民の称号をいただくこととなりました。
また、富治郎は1995年から山東省にも10回以上の視察を行い、省政府のご協力によりいくつかの日中友好事業を行うことが出来ました。具体的には1999年に単県で日中友好学校や入場料無料の私立公園の建設のための寄付をするとともに花火大会を開催したほか、2000年には済南市千佛山公園内に弥勒仏像を建立し、同公園でも花火大会を開催しました。これらを機に、2000年山東省栄誉省民、2002年済南市栄誉市民の称号をいただくことになりました。単県に寄付した日中友好学校は、開設当初生徒数は300人でしたが、今では3000人規模にまで成長しました。また花火大会は地元の何万人の人たちを喜ばせることができるという思いで、各地で開催してきました。
蘇州鋼綱有限公司の董事長及び董事である私の父母(母が田中富治郎の娘)は、今でも年2回は訪中していますが高齢なため、現在は田中富治郎の孫として私が祖父の意思を継ぎ、定期的に蘇州や山東省を訪問し、政府関係者をはじめとする地元の方々と親しく交流し、日中友好交流を継続しております。
●日中友好交流について
今後とも出来る限り、富治郎の意思を継いで日中友好交流を継続したいと思います。祖父が27年前に行っていた日中友好事業は、私もその場に立ち会いこの目で見届けてきました。弥勒佛や学校・公園は今でも残っており、弥勒佛は観光名所になっています。これらの場所が中国の皆さんの憩いの場所になっている光景を目の当たりすると、祖父のしてきた事の偉大さを身に沁みて実感する次第です。祖父が築いてきた蘇州市や山東省とのご縁は、今後もしっかりと継承していきたいと思っています。
牧 真生 (1974年6月16日生)
1996年 妙香園入社
上海・蘇州へ赴任(現地 独資会社・合弁会社勤務)約3年半駐在
2001年 妙香園 本社
海外事業部設立
中国との貿易事業
2008年 妙香園 営業部 統括部長 海外事業部 兼任
2016年 妙香園 常務取締役
●妙香園について
株式会社妙香園は、大正5年(1916年)創業の日本茶専門店で、名古屋市を中心に直営店を5店舗展開しています。現代表取締役の田中良知は4代目であり、先代富治郎の孫にあたります。
江戸時代、六十二万石の城下町・名古屋では、七代尾張藩主・徳川宗春のもとで「茶の湯」が広められ、その後大流行し、日常の団らんの場でも抹茶が盛んに飲まれるようになりました。そんな茶どころで創業した妙香園が家訓のように守ってきたのは、「良いお茶は心を潤す」の意が込められた「茗茶潤心」(めいちゃじゅんしん)の四文字です。妙香園の看板商品は「ほうじ茶」で、店頭でほうじ機を使用し、炒りたてのほうじ茶を販売しています。当店の茶匠が複数種の茶葉をブレンドし、香味深く豊かな味わい、焙じる際の絶妙な火加減により、さっぱりとした口当たりに仕上がっています。近年、ほうじ茶・抹茶を使用したドリンク・スイーツを楽しんでいただけるお店も展開し、日本茶の新しい楽しみ方をお客様にお届けしています。
●妙香園、田中富治郎氏と中国の縁
富治郎は、2015年までの約80年間、妙香園の社長を務めました。田中富治郎の人生及び妙香園の発展に大きな影響力を与えた恩師の出身地が山東省菏澤市単県であったこともあり、中国に何か恩返しが出来ないかと考えていた折、1989年に浙江省杭州市での合弁会社設立の話が持ち上がり、それをきっかけに中国とのご縁が始まりました。
●中国での事業及び日中友好交流事業
1989年に杭州で合弁会社を設立したのを皮切りに、上海市・蘇州市・西安市に9つの独資会社・合弁会社を設立しました。その中の1社蘇州妙林鋼縄有限公司は今でも妙香園と資本関係を有しており、車の部品を製造し、経営は順調に行われています。
妙香園はこのように中国においてビジネスを行う一方、中国で得た利益を中国に還元するという考えの下、日中友好を発展させるためにも貢献してきました。1996年には蘇州市上方山国家森林公園に中日和平園と弥勒仏像を建立し、大規模な花火大会も開催し、その功績を称えて、1999年 蘇州市栄誉市民の称号をいただくこととなりました。
また、富治郎は1995年から山東省にも10回以上の視察を行い、省政府のご協力によりいくつかの日中友好事業を行うことが出来ました。具体的には1999年に単県で日中友好学校や入場料無料の私立公園の建設のための寄付をするとともに花火大会を開催したほか、2000年には済南市千佛山公園内に弥勒仏像を建立し、同公園でも花火大会を開催しました。これらを機に、2000年山東省栄誉省民、2002年済南市栄誉市民の称号をいただくことになりました。単県に寄付した日中友好学校は、開設当初生徒数は300人でしたが、今では3000人規模にまで成長しました。また花火大会は地元の何万人の人たちを喜ばせることができるという思いで、各地で開催してきました。
蘇州鋼綱有限公司の董事長及び董事である私の父母(母が田中富治郎の娘)は、今でも年2回は訪中していますが高齢なため、現在は田中富治郎の孫として私が祖父の意思を継ぎ、定期的に蘇州や山東省を訪問し、政府関係者をはじめとする地元の方々と親しく交流し、日中友好交流を継続しております。
●日中友好交流について
今後とも出来る限り、富治郎の意思を継いで日中友好交流を継続したいと思います。祖父が27年前に行っていた日中友好事業は、私もその場に立ち会いこの目で見届けてきました。弥勒佛や学校・公園は今でも残っており、弥勒佛は観光名所になっています。これらの場所が中国の皆さんの憩いの場所になっている光景を目の当たりすると、祖父のしてきた事の偉大さを身に沁みて実感する次第です。祖父が築いてきた蘇州市や山東省とのご縁は、今後もしっかりと継承していきたいと思っています。
牧 真生 (1974年6月16日生)
1996年 妙香園入社
上海・蘇州へ赴任(現地 独資会社・合弁会社勤務)約3年半駐在
2001年 妙香園 本社
海外事業部設立
中国との貿易事業
2008年 妙香園 営業部 統括部長 海外事業部 兼任
2016年 妙香園 常務取締役
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