「斉の長城」の訪問
令和8年7月24日
先日、斎藤総領事は済南市周辺に残る「斉の長城」の遺構2か所を訪問しました。「斉の長城」は春秋戦国時代、斉国が鲁国との境界として、200年かけて600キロ以上にわたり建造されたものです。万里の長城より300年古いため「長城の父」と呼ばれています。清の時代に復元された部分も多いようですが、今でも原型を残している部分が多く、いずれも商業観光地化されていないため、落ちついた雰囲気の中で当時の様子を偲ぶことができます。
今回まず訪問したのは錦陽関です。「関」はいわゆる関所にあたる部分で、平均すると100キロに1か所の割合で設置されています。錦陽関にある楼閣状の施設内(近年建設)では、「斉の長城」の全体像が簡単に紹介されています。そしてそこを起点に、平地から山麓へと延びていく長城の様子が見どころとなっています。この日は夏らしい蒸し暑さでしたが、長城の上に立つと爽やかな風が吹き抜け、気持ちよく散策することができました。
次に訪れたのは青石関です。ここは渓谷の上に設置された関所跡で、斉鲁両国間の交易ルートとしても使われていたところです。関所から渓谷へと下っていく石畳の眺めは、シルクロードを彷彿させるものがあり絶景です。またこの地には、「聊斎志異」著者・蒲松齢が地元の伝承話を集めるために時々来訪していたそうで、関所の近くには彼が立ち寄っていたという茶屋跡もありました。
日本で言えば弥生時代、東京・大阪間より100キロ以上も長い城壁がここ山東省に建築され、2500年が経った今でもその遺構の一部を近くで見学できるというのは、実に驚くべきことです。残念ながら「斉の長城」の存在を知る日本人は多いと言えませんが、儒教文化だけでない山東省の「文化大省」としての奥深さを再発見するのに恰好の観光資源と言えそうです。
なお余談ですが、総領事は今回、昼食に立寄った農家楽でセミ料理を初トライしました。これまでの蚕蛹、サソリ に次ぐ「珍味」でしたが、意外にあっさり味なので驚いたそうです。やはり何事も経験が大切ですね!
今回まず訪問したのは錦陽関です。「関」はいわゆる関所にあたる部分で、平均すると100キロに1か所の割合で設置されています。錦陽関にある楼閣状の施設内(近年建設)では、「斉の長城」の全体像が簡単に紹介されています。そしてそこを起点に、平地から山麓へと延びていく長城の様子が見どころとなっています。この日は夏らしい蒸し暑さでしたが、長城の上に立つと爽やかな風が吹き抜け、気持ちよく散策することができました。
次に訪れたのは青石関です。ここは渓谷の上に設置された関所跡で、斉鲁両国間の交易ルートとしても使われていたところです。関所から渓谷へと下っていく石畳の眺めは、シルクロードを彷彿させるものがあり絶景です。またこの地には、「聊斎志異」著者・蒲松齢が地元の伝承話を集めるために時々来訪していたそうで、関所の近くには彼が立ち寄っていたという茶屋跡もありました。
日本で言えば弥生時代、東京・大阪間より100キロ以上も長い城壁がここ山東省に建築され、2500年が経った今でもその遺構の一部を近くで見学できるというのは、実に驚くべきことです。残念ながら「斉の長城」の存在を知る日本人は多いと言えませんが、儒教文化だけでない山東省の「文化大省」としての奥深さを再発見するのに恰好の観光資源と言えそうです。
なお余談ですが、総領事は今回、昼食に立寄った農家楽でセミ料理を初トライしました。これまでの蚕蛹、サソリ に次ぐ「珍味」でしたが、意外にあっさり味なので驚いたそうです。やはり何事も経験が大切ですね!
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