松崎真紀・ANA中国地区新総代表の青島来訪
令和8年9月7日
8月28日、斎藤総領事は、青島を訪れた松崎真紀・全日本空輸株式会社(ANA)執行役員・中国統括室長兼北京支店長と意見交換しました。同氏は2026年4月、中国地区総代表として着任。北京を拠点に、中国地区における営業、人材育成、オペレーションなど幅広い業務を統括しています。今回は松崎総代表及びANA中国路線についてご紹介します。また、フォロワーへのメッセージも頂きました。
挑戦を重ねてきたキャリア
松崎総代表は1989年にANAへ入社。人事部で採用を担当した後、国際線の予約管理、販売計画、法人営業などを経験し、2019年にはANAグループ会社のインフィニトラベルインフォメーションで部長、2022年にはシドニー支店長を務めました。そして2026年、中国統括室長兼北京支店長として新たな挑戦を始めました。
その歩みは、常に新しい環境へ一歩踏み出すことの連続でもありました。中学時代には父親の海外赴任に伴い香港へ渡り、英語が十分に話せない中、自ら現地校への進学を選択。異文化と言葉の壁を越えた経験は、その後のキャリアにおける「自分で選んだ環境で、自ら一歩踏み出す」という姿勢の原点となっています。
ANA入社後も、仕事と子育てを両立しながらキャリアを重ね、管理職へ。コロナ禍で航空業界が大きな影響を受けた際には、経営を改めて学ぶことを決意し、仕事・家庭と並行して経営大学院で学びました。また、初の海外赴任となったシドニーでは、多文化・多様なバックグラウンドを持つスタッフ一人ひとりを尊重しながら支店を率いました。こうした経験を経て、現在、中国という大きな市場でANAの事業を担っています。
ANA国際線40周年、そして中国線もまもなく40年
ANAの中国定期便は1987年4月16日の成田―大連経由―北京線から始まりました。以来、中国各地へネットワークを広げ、人の往来だけでなく、ビジネスや物流、文化交流を支えてきました。現在、北京、上海、広州、深圳、大連、青島、杭州と日本を結ぶ路線を運航しています。
青島との関係も長く、1994年に関西―青島線を開設。現在は羽田―青島線を毎日運航しています。長年にわたり培ってきた安全とサービスを基盤に、ANAは青島を含む中国と日本を結ぶ航空ネットワークを担っています。
一方、ANAの国際線定期便は1986年3月3日の成田―グアム線から始まり、2026年3月3日に就航40周年を迎えました。中国線は2027年4月に40周年を迎えます。
国際線ネットワークは、その後40年にわたって世界へ広がり、2026年3月時点で世界40都市・55路線にまで成長しました。中国路線もその重要な一翼を担い、人の往来に加え、企業活動や物流を支える社会基盤として、日本と中国の交流を積み重ねてきました。
松崎総代表のあいさつ
中国での生活を始めてまだ数か月ですが、着任以来、中国各地を訪れ、人々と交流する中で、その楽しさ、先進さ、そして奥深さを日々感じています。
翌29日には青島の街を訪れました。赤い屋根と緑、海が織りなす街並み、歴史を感じさせる建築物、そして夜になると表情を変える現代的な都市景観。実際に街を歩き、人々の暮らしや街の空気に触れることで、私自身も青島が持つ多面的な魅力を体感しました。
小魚山から見渡す青島の街には、赤い瓦屋根の歴史的な景観と、海の向こうに広がる現代的な都市の姿が共存しています。写真や資料だけでは分からない街の距離感や人々の息遣いに直接触れたことは、中国各地の魅力を日本へ伝えていくうえでも、新たな視点を得る機会となりました。
「中国の皆さまには、日本の良さをもっと知っていただきたい。そして日本の皆さまにも、実際に中国を訪れ、青島をはじめとする中国各地の魅力を感じていただきたい。」その思いを、ANAの航空ネットワークと日々の事業活動を通じて形にしていくことが、私が中国地区総代表として目指す役割の一つです。
ANAが中国への定期便を就航してから、まもなく40年。時代や社会環境が変化しても、航空が人と人を直接つなぐ価値は変わりません。人を運ぶ。モノを運ぶ。そして、その先にある文化や心、夢をつなぐ。ANAはこれからも安全を第一に、中国と日本を結ぶ翼として、双方の交流と相互理解のさらなる発展に貢献してまいります。
航空会社というのは人やモノだけでなく、文化や心、夢をも運び、つなげる存在だと信じています。中国初心者ではありますが、初心者なりの目線で中国の方々に日本の良さを知ってもらい、また、日本側にも中国の魅力を伝え、少しでも相互の架け橋になれたらと思います。
現在、日本と中国の人的交流の要として安定的な役割を果たし、青島・東京(羽田)間も毎日運航しているANA。新しい中国総代表を迎え、心機一転、今後の更なる飛躍を期待しましょう!

挑戦を重ねてきたキャリア
松崎総代表は1989年にANAへ入社。人事部で採用を担当した後、国際線の予約管理、販売計画、法人営業などを経験し、2019年にはANAグループ会社のインフィニトラベルインフォメーションで部長、2022年にはシドニー支店長を務めました。そして2026年、中国統括室長兼北京支店長として新たな挑戦を始めました。
その歩みは、常に新しい環境へ一歩踏み出すことの連続でもありました。中学時代には父親の海外赴任に伴い香港へ渡り、英語が十分に話せない中、自ら現地校への進学を選択。異文化と言葉の壁を越えた経験は、その後のキャリアにおける「自分で選んだ環境で、自ら一歩踏み出す」という姿勢の原点となっています。
ANA入社後も、仕事と子育てを両立しながらキャリアを重ね、管理職へ。コロナ禍で航空業界が大きな影響を受けた際には、経営を改めて学ぶことを決意し、仕事・家庭と並行して経営大学院で学びました。また、初の海外赴任となったシドニーでは、多文化・多様なバックグラウンドを持つスタッフ一人ひとりを尊重しながら支店を率いました。こうした経験を経て、現在、中国という大きな市場でANAの事業を担っています。
ANA国際線40周年、そして中国線もまもなく40年
ANAの中国定期便は1987年4月16日の成田―大連経由―北京線から始まりました。以来、中国各地へネットワークを広げ、人の往来だけでなく、ビジネスや物流、文化交流を支えてきました。現在、北京、上海、広州、深圳、大連、青島、杭州と日本を結ぶ路線を運航しています。
青島との関係も長く、1994年に関西―青島線を開設。現在は羽田―青島線を毎日運航しています。長年にわたり培ってきた安全とサービスを基盤に、ANAは青島を含む中国と日本を結ぶ航空ネットワークを担っています。
一方、ANAの国際線定期便は1986年3月3日の成田―グアム線から始まり、2026年3月3日に就航40周年を迎えました。中国線は2027年4月に40周年を迎えます。
国際線ネットワークは、その後40年にわたって世界へ広がり、2026年3月時点で世界40都市・55路線にまで成長しました。中国路線もその重要な一翼を担い、人の往来に加え、企業活動や物流を支える社会基盤として、日本と中国の交流を積み重ねてきました。
松崎総代表のあいさつ
中国での生活を始めてまだ数か月ですが、着任以来、中国各地を訪れ、人々と交流する中で、その楽しさ、先進さ、そして奥深さを日々感じています。
翌29日には青島の街を訪れました。赤い屋根と緑、海が織りなす街並み、歴史を感じさせる建築物、そして夜になると表情を変える現代的な都市景観。実際に街を歩き、人々の暮らしや街の空気に触れることで、私自身も青島が持つ多面的な魅力を体感しました。
小魚山から見渡す青島の街には、赤い瓦屋根の歴史的な景観と、海の向こうに広がる現代的な都市の姿が共存しています。写真や資料だけでは分からない街の距離感や人々の息遣いに直接触れたことは、中国各地の魅力を日本へ伝えていくうえでも、新たな視点を得る機会となりました。
「中国の皆さまには、日本の良さをもっと知っていただきたい。そして日本の皆さまにも、実際に中国を訪れ、青島をはじめとする中国各地の魅力を感じていただきたい。」その思いを、ANAの航空ネットワークと日々の事業活動を通じて形にしていくことが、私が中国地区総代表として目指す役割の一つです。
ANAが中国への定期便を就航してから、まもなく40年。時代や社会環境が変化しても、航空が人と人を直接つなぐ価値は変わりません。人を運ぶ。モノを運ぶ。そして、その先にある文化や心、夢をつなぐ。ANAはこれからも安全を第一に、中国と日本を結ぶ翼として、双方の交流と相互理解のさらなる発展に貢献してまいります。
航空会社というのは人やモノだけでなく、文化や心、夢をも運び、つなげる存在だと信じています。中国初心者ではありますが、初心者なりの目線で中国の方々に日本の良さを知ってもらい、また、日本側にも中国の魅力を伝え、少しでも相互の架け橋になれたらと思います。
現在、日本と中国の人的交流の要として安定的な役割を果たし、青島・東京(羽田)間も毎日運航しているANA。新しい中国総代表を迎え、心機一転、今後の更なる飛躍を期待しましょう!
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