琅琊台の再訪
令和8年10月12日
先日、斎藤総領事は2年半ぶりに青島市最南端に位置する琅琊台を訪問しました。琅琊台はその昔、「呉越同舟」のことわざにある越の勾践が呉国を滅ぼした後に遷都した場所ですが、山東省で生活する日本人にとっては寧ろ、始皇帝が徐福に不老不死の薬を探しに東方(日本) 行きを命じた場所として知られています。
海抜183メートルの琅琊山の頂上には、始皇帝が徐福に命令した様子を摸した石像群があり、当時の雰囲気を醸し出しています。前回はあいにくの天気で周囲の様子がよく分かりませんでしたが、今回は晴天だったこともあり、眼下の美しい海岸線の景色もしっかりと楽しむことができました。その後、山を下りて海辺に立寄ると、漁港の片隅に徐福出航地(中文: 徐福 東渡啓航所) と書かれた石碑を見つけることができました。
先日の発信でも触れたとおり、始皇帝は徐福から地元の白酒を「延命の酒」と勧められ喜んだという言い伝えもあります。琅琊台を舞台に2000年以上前に繰り広げられたであろう人間ドラマを想像すると、重責を担うことになった徐福の心境もさることながら、3回もこの地を訪れ不老不死を切に願いながらも僅か49歳という短命に終わった始皇帝の心境も深く偲ばれます 。
海抜183メートルの琅琊山の頂上には、始皇帝が徐福に命令した様子を摸した石像群があり、当時の雰囲気を醸し出しています。前回はあいにくの天気で周囲の様子がよく分かりませんでしたが、今回は晴天だったこともあり、眼下の美しい海岸線の景色もしっかりと楽しむことができました。その後、山を下りて海辺に立寄ると、漁港の片隅に徐福出航地(中文: 徐福 東渡啓航所) と書かれた石碑を見つけることができました。
先日の発信でも触れたとおり、始皇帝は徐福から地元の白酒を「延命の酒」と勧められ喜んだという言い伝えもあります。琅琊台を舞台に2000年以上前に繰り広げられたであろう人間ドラマを想像すると、重責を担うことになった徐福の心境もさることながら、3回もこの地を訪れ不老不死を切に願いながらも僅か49歳という短命に終わった始皇帝の心境も深く偲ばれます 。
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